宮崎地方裁判所 昭和31年(ワ)89号 判決 1956年11月27日
原告 播磨賢治 外一名
被告 株式会社宮崎山形屋
主文
被告は原告播磨賢治に対し金十万円、原告播磨久雄に対し金五万五千七十円及び右各金額に対する昭和三十一年五月三十一日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告等のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分しその三を被告のその二を原告等の各負担とする。
事実
原告等訴訟代理人は「被告は原告播磨賢治に対し金三十七万円二千四百円、原告播磨久雄に対し金十万八千九百九十円及び右金額に対する訴状送達の翌日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、其の請求の原因として、
被告は宮崎市旭通一丁目において宏大な店舗を有して百貨店業を営み其の屋上を遊園地兼休憩所として屋上西側に二重金網を張り且つ金網の張られた外柵を有する檻を置き猿三頭を占有飼育していたものであるが、昭和三十一年五月三日原告播磨久雄の二男である原告播磨賢治(当時二年九月)は訴外丸山和子、同丸山幸雄(十五歳)に伴われて右店舗屋上遊園地に赴き訴外丸山和子所有のため訴外丸山幸雄に託され同訴外人より右猿檻とその南側鹿檻間の屋上西側外壁内側で下方橘橋北詰方面の自動車を見物させてもらつていたところ、同日午後三時五十分頃偶々同原告が左手を伸ばし右猿檻に左手先が触れた途端右三頭の猿の内一頭に左示指を咬まれ加療五週間を要する左示指第三指節咬断創の傷害を受けた。これは後に述べるように被告が猿を飼育するにつき保管上の注意を怠つた過失に基因するものであるがこれがため原告播磨賢治は同日以後現在に至るまで引続き医師の治療を受けなければならなくなつたが就中左示指が全く示指としての機能を失つたことは生来左利きの同原告にとつて肉体上精神上一生の負担となる多大の苦痛を蒙り又これによつて同原告の父原告播磨久雄の受けた打撃も亦深刻なもので相共に甚大な損害を蒙つたので被告は原告等に対しこれら損害を賠償すべき義務がある。而して他方被告は本件事故発生後宮崎市橘通五丁目に移転し宏大な店舗を設け盛大に事業を継続し多大の資産を有しているものであるから、以上諸般の事情を勘案すれば、被告が原告播磨賢治に対して支払うべき精神的損害額は金二十五万円、肉体的損害額は昭和三十年度全国労働者総平均賃金一万八千六百二十四円を基準として労働基準法施行規則別表第一第十一級として計算した金額金十二万二千四百円を以て各相当とすべきであり、被告が原告播磨久雄に対して支払うべき精神的損害額は金十万円を以て相当とし、且つ同原告は本件傷害事故のため原告播磨賢治の診察料一回百円、注射料二回二百円、診断書料一回百円、薬治料一日分三十円、処置料二十八回分千四百円、合計金千八百三十円の治療費を支出し、又本件事故により肩書住所地より事故の発生した宮崎市に出張したためその費用として、片道各二等宮崎博多間乗車券千六百六十円、同急行券七百二十円、博多港厳原港間乗船券千二百円として往復合計金七千百六十円を支出したので、被告は以上支出額合計金八千九百九十円相当の損害金を併せ支払うべき義務がある。よつて被告は原告等に対し右各金員に本件訴状送達の翌日より完済に至るまで年五分の割合による金員を附加して支払を求めるため本訴請求に及ぶと陳述し、
被告の抗弁事実を否認し、猿は兇暴な動物であるということはできないにしても一般に最もよく事故をおこし注意を要する動物で、而も本件場所は屋上遊園地であるから本件猿の占有者である被告としては保護者附添人のない子供も何等危害を蒙ることなく同所で自由に遊びうるようにこれが管理につき万全の注意をなし事故発生を防止するため充分の設備をなすべき義務があり、従つて檻には手指等が挿入できないように金網を張り或は外柵と檻との間に一定の間隔を保つて固定しておく等の処置を構ずべきであつたにも拘らずそのような措置をとることなく外柵と屋上西側手摺の金網を結びつけた針金も損じ外柵全体が移動し右手摺と外柵間に約二尺の間隙を生じた儘放置されていたため本件事故を発生せしめるに至つたものであるから被告において本件猿の占有について相当の注意を以て保管していたものということをえず、法律上の義務を怠り管理について重大な過失があつたものというべきである。
尚、当時原告播磨賢治の附添人であつた訴外丸山和子には過失はなく、訴外丸山幸男は十五歳の少年であつて過失の責任を問うべき責任能力はない。仮に同訴外人に責任能力があり且つ過失があつたとしても被害者に過失があつた場合には該当しないから本件損害賠償額を算定するについて斟酌さるべきでないと述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする」
との判決を求め、其の答弁として、
原告主張の事実中、被告が宮崎市旭通一丁目において百貨店業を営みその屋上を遊園地として同所に檻を設け猿三頭を占有飼育していたこと、昭和三十一年五月三日午後三時五十分頃原告播磨賢治が被告占有の猿三頭の内一頭に左指を咬まれ加療五週間を要する左示指第三指節咬断創の傷害を受けたこと、原告播磨久雄が原告播磨賢治の親権者父であること、原告播磨久雄が本件傷害発生後厳原より宮崎に来たことは各これを認めるが原告等の蒙つた損害額については孰れもこれを争うと述べ、
抗弁として、被告は右猿三頭の飼育については充分の注意を払い猿の口は勿論手足も出しえないように金網を二重に張つた檻を設けてこれに収容し且つ右檻の周囲に約二尺を隔てて金網を張つた柵を設けて人が檻に近ずくのを防止し危害防止のために万全の措置を講じていたので猿が檻の内部から金網を通して咬みつくような虞れは全くありえない訳で被告としては猿の占有者として相当の注意を以て保管をしていたものである、従つて被告には本件損害を賠償する責任はない。又原告播磨賢治が本件傷害を受けたのは察するに外側から金網を通して指を差し入れ猿にいたずらしたために咬みつかれたものでこれは当時三歳の幼児である同原告の親権者及び附添人において同原告を保護すべき義務あるにも拘らずこれを放任し保護監督が不行届であつたために生じたものであるから本件事故発生の責任はむしろ親権者等において負担すべきで被告が本件損害の賠償の責任を負担すべきいわれはない。よつて原告等の請求は孰れも失当として棄却さるべきであると述べた。<立証省略>
理由
被告が宮崎市旭通一丁目において百貨店業を営みその屋上を遊園地として同所に檻を設け猿三頭を占有飼育していたこと、昭和三十一年五月三日午後三時五十分頃原告播磨賢治(当時二年九月)が被告占有の右猿三頭の内一頭に左指を咬まれ、加療五週間を要する左示指第三指節咬断創の傷害をうけたこと、原告播磨久雄は原告播磨賢治の親権者父であることは孰れも当事者間に争がない。そこで右猿の占有者である被告は動物の占有者としてその種類及び性質に従い相当の注意を以て保管の責任を果していたか否かの点について審究するに成立に争ない乙第五、六号証及び検証の結果を綜合すると、本件猿は雄一頭雌二頭で本件猿檻に近ずく者に対しては歯をむき出し金網より指を突き出し或は飛びかかる所作を示す等敵意ある態度を示し又嘗つて檻に猿の手の出るような荒い目の金網を張つていた当時猿が網目より手を出して来客にいたずらをするのでこれが防止のため手の出ないように細い目を有する金網を張るに至つたこと、而も被告方保管責任者において右猿も何時機嫌が悪るくなるかも知れず又子供達がいたずらでもすれば気が荒らくなるという性質を有することを熟知していたことを認めることができ、証人篠原国春の証言中以上認定に反する部分は措信し難くその他右認定を覆すに足る証拠は存しないので、本件猿は他人に対して危害を加える危険性が多いものといわなければならない。
従つてかかる性癖を有する猿は他人に対し万一危害を加えるようなことがないとは保証し難く、就中多数来客の予想される遊園地においてこれら来客の観覧慰安に供して保管しようとするものであれば被告としては檻の設備を完全にし他人の手指等が檻内に入らないよう金網を張り或は又絶えず檻と一定間隔を有する外柵を設けて檻に直接接近せしめないよう処置をなす等来客が知らずして本件猿に近ずいても危害を加えられることのないよう万全の措置をなすべき注意義務があるものというべきである。
併して本件についてこれを観るに、本件猿檻は被告店舗屋上西側外壁に接して設けられていて、檻には二重の金網が張られ且つその外側に金網の張られた外柵が設けられていることは原告等において認めるところで、成立に争ない甲第四、五号証、乙第三乃至六号証、証人篠原国春(一部)同丸山幸雄の各証言及び検証の結果を綜合すると、来客の接近しうる檻の北、東、南面は各支柱内側に対角線四糎、六糎の菱形の、又外側に二辺各一、二糎、四辺各一糎の六角形の各網目の金網を二重に張り大人の第一指は外側の網目からは檻内に入らないが第二指以下は容易に這入りうる状況にあり這入れば危害を加えられる虞は多分にあること、及び右外柵は檻との間に南北側各約一尺五寸、東側約二尺の間隔をおいて「コ」の字形に連結した高さ五尺東西七、二尺南北十尺の木製のものでその全面に亘つて張られた金網は二辺各一、四糎四辺各一、三糎の六角形の網目を有するものであるがこれは外壁支柱に固定せしめる等の方法をとらない限り中学生以上の人であればこれを移動しうる状態にあり、本件傷害事故発生当時には右外柵を固定せしめるような措置はとられてなく、且つ右外柵が移動しその南面西側の外壁と接触すべき部分は右外壁と約一尺の間隙を生じていてこの間隙より容易に猿檻に近ずき手指等を挿入しうる状況にあつたこと及びこれがため訴外丸山幸雄より右外柵南西端附近の外壁支柱(コンクリート突起部)上に抱え上げられて西面下方橘橋北詰附近を通る自動車を見せてもらつていた原告播磨賢治が左手を伸ばし右間隙より本件猿檻の南側面に触れ左示指が檻内に這入つたため本件猿の内一頭に指を咬まれ傷害を受けるに至つたものと認められるのであつて被告において本件猿の種類及び性質に従つて相当の注意をなしたものとは認め難く、他に右認定を覆して被告において相当の注意を以て保管をしたことを認めうる証拠は存しないので被告の抗弁は採用できない。
従つて被告は本件猿の加害行為によつて原告播磨賢治が受けた損害及びその父原告播磨久雄の蒙つた損害を各賠償すべき法律上の義務あることは明らかである。
而して被告は原告播磨賢治の親権者、附添人等に過失があつた旨主張するので按ずに、三歳に満たない幼児である同原告に危険性を弁識しうる能力を有していたものと認められないことは勿論であるが、本件事故は同原告に附添つていた伯母の訴外丸山和子が所用のためその弟である訴外丸山幸雄に一時同原告を託した間に発生したものであることは原告等自ら認めるところで同訴外人は当時十五歳四月であつたことは同訴外人の証言により明らかであるから一般に行為の結果価値判断については充分これを弁識しうる能力を有していたものというべきで従つて同訴外人において本件猿檻の外柵の間隙その他四囲の状況に絶えず注意し猿檻に接近し又檻内に指を挿入せしめる等のことのないよう充分監督すべき義務があつたにも拘らず其の義務を尽くしたものとは認められないので、被害者側にも本件事故の発生につき過失があつたものといわざるを得ないのである。よつて原告播磨賢治の蒙つた損害額について按ずるに、
検甲第一号証の一、二によると同原告は本件傷害の結果左示指の第一関節より先を失い右傷害部の機能は勿論その外見も著しく損われ傷害による苦痛傷痕による成人後の精神的苦通も少しとしないから右これら諸般の事情並びに同原告の性別年齢等を考え、他面被告は現在宮崎市橘通五丁目十七番地に移転し同所において宏大な店舗をもつて百貨店を営んでいることは顕著な事実であるから本件事故発生後被告の原告等に対して為したる処置その他諸般の事情を併せ考慮し前認定の被害者である原告側の過失をも斟酌し、同原告に支払うべき慰謝料は金十万円を以て相当とするものというべきである。
次に同原告は肉体的損害賠償の請求として労働基準法における障害補償に準じて昭和三十年度全国労働者総平均賃金一万八千六百二十四円を基準として算出した金額相当額の支払を求めるがその主張よりすればこれは同原告の労働力の回復又は生計維持を企るために積極的及び消極的の財産上の損害を填補しようとするもので稼動能力あることを前提とするものであるから、幼児である同原告の損害額とは認め難く、他に財産上の損害あることは同原告の主張立証しないところであるから、この点に関する同原告の請求はこれを認容するに由ない。
次に原告播磨久雄の蒙つた損害額について按ずに、
成立に争ない甲第二、三号証を綜合すると、同原告は本件事故のため原告播磨賢治の治療費として主張のように合計金千八百三十円を支出したことを認めうる。
又本件事故発生のため原告播磨久雄が住所地長崎県厳原より宮崎市に出張したことは当事者間に争がないけれども、その主張のように二等船車による往復旅費を要したことは何等立証がないので各三等運賃を要したものというの外なく、右運賃は厳原、宮崎間急行料金共片道千六百二十円であることは公知の事実であるから金三千二百四十円を支出したものといわなければならない。
従つて以上合計金五千七十円の金銭を支出しこれと同額の金銭上の損害を蒙つたことが明らかである。
又同原告がその子原告播磨賢治の受傷によつて精神上苦痛をうけたことはこれを認めるに充分であるからこれに対して被告の支払うべき慰謝料の額は同原告と原告賢治との身分上の関係その他当事者双方の前叔諸般の事情を勘案し、前認定の原告側の過失をも斟酌するときは金五万円を以て相当とすべきである。
以上のとおりであるから原告等の本件請求は、原告播磨賢治に対し慰謝料として金拾万円、原告播磨久雄に対し慰謝料並びに損害賠償として合計金五万五千七十円及び右各金額に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和三十一年五月三十一日以降支払済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用し、仮執行の宣言については本件の場合これを附するのは相当でないと認めてこれを却下し、主文のとおり判決する。
(裁判官 長友文士 島信行 菅浩行)